COLUMN
コラム

「孤独・孤立対策」と名前が付けられた講演会のパネリストに呼ばれて行ってきた。孤独と孤立は何とかしなければいけない新しい社会課題であると思う。でも、僕は何となく「~対策」とか「~問題」とかというネーミングが好きではない。だって、それを産んだのは社会の側だし、対策されなきゃいけない立場に追いやられている人にとっては鋭角な言葉だと思うから。ひきこもり状態にある方々で言えば「8050問題」って、「問題」としてカテゴライズされちゃったらSOSを出しにくくなるよなーって思う。ますます肩身が狭くなる。孤独とか孤立状態にある方々も、好き好んでそんな立ち位置になったわけじゃないと思うし。そもそも、「~対策」なんて言えるほど福祉は偉くはない。孤独とは「仲間や身寄りがなく、心を通い合わせる人がいないと感じる寂しい主観的な精神状態」、孤立は「周囲から離れ、助けやつながりがなく、一人ぼっちになること。客観的な事実」と辞書に書いてある。どちらも精神的にはきつそうだ。寂しさは不安だ。つながりがないということは不安定だ。これだけ社会構造が変わってしまったから、全ての孤独や孤立を解消することは難しくなってきた。でも、じゃあどーするかってことを考えるのは福祉の役割だ。それでも諦めずに社会へアプローチすることも必要だし、今、現実に孤独や孤立を感じている人たちへの伴走も必要だ。社会構造を巻き戻すなんてことは出来ないから、新しいアイデアが必要なときなんだろうと思う。困っている人が困ったときに「ちょっと助けて」と言える仕組みを地域に作ることだ。それも遠慮なく言えることが大事。福祉に関わる人たちだけではなく、色んな人がつながるデザインをする必要がある。簡単なことじゃないけど、やらなきゃいけないことだってことは分かる。今、色んな自治体や地域の会議に参加をしている。どの会議もたくさんのニーズを抱えていて、みんな頑張っている。もっと頑張ろうとはなかなか言いづらい。でも、困っている人がいるなら、やっぱり頑張る必要があるんだろうな。新しいアイデアを出すことを頑張ろうと思う。
